子どもにとってのCLIL②:さまざまな子どもが学びやすい
―CLIL授業は、英語に苦手意識がある子どもも参加することができますか?
私の見立てでは、暗記が得意で聞いたことはすぐ理解できる、という人は全体の20〜30%くらいいます。概ね、その人たちが先生になってしまうので、先生はなぜ子どもが覚えることが苦手なのかどうしてもわからない。
でも、暗記が苦手でもクリエイティビティの高い子どもはたくさんいるんです。暗記よりも何か創造しているときのほうが好き。そういう子たちを抑え込んでしまうともったいないと思います。
私たちは何も考えなくても母語が口から出てきます。これは暗示的知識に支えられています。お母さんや周りの大人からたくさん聞いて、真似をして、こうかな、ああかな、とことばを入れ替えながら発話して、やり方を教えなくても自然に習得していくんですね。
これは、日本ではCLIL以上に認知されていませんが、第二言語習得ではUsage-Based Model(用法基盤モデル)と呼ばれていて、暗記が好きじゃないという子もこのような習得方法は赤ちゃんのときに経験しています。CLILでは、文法への注目は最初ではなく後半に来ますが、こういうUsage-Based Modelのような指導の仕方をもっとやってあげるとたくさんの子どもたちがついてこられます。
―インプットややりとりの中からことばの使い方や法則を見つける、ということですね。
そうですね。pattern recognition(言語のパターン認識力)と呼ばれていて、これができるかどうかで言語習得の伸びがだいぶ違います。そして、それは育てることができます。最初にルールや文法を教えてしまったら、自分で気づいて見つけるというチャンスを全部奪ってしまうわけです。
学習指導要領にはすでにそのことが書いてありますし、いまの小中学生を見ていると、かなりチャンク(Do you like〜?のような、ひとまとまりの表現)がわかってきています。
でも、それがUsage-Based Modelの研究結果からきているということはみなさんあまりご存知ないかもしれません。母語習得と英語習得はまったく別のものだと考えられていた過去の時代にくらべると、いまは重なるところがあると言われるようになりました。
日本では、ちゃんと座って文法を聞いて練習をしないと英語ができるようにならない、と信じられがちですが 、子どもの母語習得を見ていたらそうではないですよね。英語が苦手な日本だからこそ、本当はUsage-Based Modelのような指導方法をもっと取り入れていかなければいけません。
―CLIL授業は、「理数系は得意だけど英語は苦手」という生徒や学生も英語に興味を示したり授業に参加できるようになったりするでしょうか?
本当にそうですね。2年前に物理や数学の知識を使うCLIL授業を行ったのですが、「海外の物理学会で発表したいから英語をがんばりたい」という理由で参加した物理分野の方がいました。いまは専門分野に関する英語が本当に上手になって、物理の実験を英語で説明しながらできるようになったそうです。
これは、Subject-Specific Language(教科特有の言語)と呼ばれていて、CLILでも有名な研究分野です。教科特有の言語を教えていくことで、EUやアジア諸国同士が一緒に協働できるし、同じ専門分野同士でもっと良いアイデアを出せるのではないかと言われています。
CLIL授業「水の大切さ」
カレー作りに必要な水について話を聞いたり自分が水を使う場面を考えたりする過程で、水の使用量や動作に関する英語表現に出会う
©Kashiwagi Kazuko & Ito Yukiko, 2020
出典:柏木・伊藤(2020)
子どもにとってのCLIL③:学力も高まる
―CLIL授業は、学びの質だけではなく学力にも影響しますか?
一緒に仕事をさせていただいているウィーン大学のDalton-Puffer教授はCLIL研究で有名な先生なのですが、その研究のなかで非常に注目されているのは、CLILは生徒間の学力差を縮める、ということです。私の研究データでもそのような結果になっています。みんなが参加するようにもっていけるので、上は上で伸びますが、中間くらいの子どもも増えるんですね。
家庭のSES(社会経済的地位)は子どもの勉強の成果に影響を与えてしまう、と言われています。Dalton-Puffer教授は、学校がCLILのような学び方をちゃんとやることで、その学力差を解消することができる、とおっしゃっていますが、私もそうだろうなと思います。
家庭の教育力というより、学級で学び合うなかで学校が子どもを育てるのがCLILです。たくさんある星の写真を一つ一つ見ながら、どこに行きたいかを複合的に考える。そのときに心の中から出たI want to go to〜ということばは、英語が苦手な子どもたちも記憶に入ってくる、ということがあります。
ですので、先生がそのような教え方をできれば生徒たちの経済的背景の違いなどももう少し解決できるのではないか、と考えて広めていらっしゃる方もたくさんいると思います。
―学び方が学力に影響するのですね。
いまの日本の学力テストや大学入試は、PISA型学力テスト(パフォーマンス課題)の影響を受けています。例えば、「あなたはブランコに乗りました。“高い・低い”を表しているのはどの線でしょう?」という問題があります。ブランコは振り子ですから、振り子のことがわかっていると、ある程度予想できるわけですが、それは遊びからもわかりますよね。ブランコの経験値によって、どの線になるか予測できるんです。
このようなprocedural knowledge(手続き的な知識)をたくさん経験するCLIL授業を受けていると、こういうパフォーマンス課題は楽しく解けてしまうんですね。逆に「AはBである」というようなdeclarative knowledge(宣言的知識)の授業をずっと受け続けていると、パフォーマンス課題はまったく太刀打ちができません。
私の院生には、教科横断型の教育にCLIL視点で取り組む先生がいるのですが、2年間かけてPISAの学力テストを応用したパフォーマンス課題を生徒たちに解かせてきました。はじめはボロボロだったのですが、いま1年半経って、ほとんどの生徒たちのテストの点数が伸びたんです。彼らにとっては、このパフォーマンス課題が先生の教え方と一致しているわけですね。
おそらく、CLILをまだ趣味的なものと思っていらっしゃる英語の先生や「まだ手が出せない」とおっしゃる先生もいると思います。でも、英語を使って次の世代を育てていく、というふうに思えば、CLILという名前を使うか使わないかはおまかせですが、そういう学び方を経験させることができるような社会になってもらいたいですね。